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 Ⅱ 宇宙のメカニズムを理解する
 
 3. 素粒子にもある「戒」と「律」 ―存在のメカニズムの解明―
 前項では、この宇宙にある存在が何で出来ているか、どのような仕組みで組み立てられているか、そして物理法則がなぜ機能するかについて、ごくごく簡単にお話した。ここまで簡単に書くと物理学者からは、反論が出るかもしれないが、私と物理学者では目的が違うことで納得してもらうしかない。私は、この宇宙がいかに素晴らしいメカニズムで出来ているかを教えてあげたいのだが、物理学者は、メカニズムが良いか悪いかなんかはどうでも良くて、メカニズムそのものを正確に知ることが目的だと思われる。だから、詳しくそして正確に知りたいのであれば、是非ご自身で、ウィキペディアなどで探求してもらえばいい。 
 ここでは、この宇宙にあるもっと素晴らしいメカニズムを紹介しようと思う。そのメカニズムを一言で言うと「存在のメカニズム」なのだが、まぁちょっと理解するのには苦労するかもしれない。なぜなら、「存在のメカニズム」は神秘主義者や哲学者が何千年ものあいだ探していたことなのだが、誰もがそれを複雑で難解で高尚なものだとばかり思い込んでいたらしくて、科学者風情の発見したことには、目もくれなかったので見つけられなかった。「物理学」はもうとっくに、聖人や神秘主義者が、よくわからない言葉を使って話す、「存在のメカニズム」を解き明かしているのである。私は、たががモノの理論である物理学と自分自身との関係性を見つけることで、「存在のメカニズム」を理解した。けっこう単純なメカニズムなのだが、やはり涙が出るほどに良くできている。

 さて、素粒子表をもう一度眺めていただきたい。緑と青のマスに書かれている素粒子はフェルミオンと呼ばれ、普通に存在する粒子であった。一方赤色のマスに書かれている素粒子はボソンと呼ばれ、力の伝達粒子で、これらはみな「仮想粒子」であった。宇宙の存在は全て、ボソンがフェルミオンをルールに従って組み立てて、宇宙で起こる現象は全てボソンがフェルミオンをルールに従って動かすことで起こることであった。(この下線の文は、世界で初めて人間理性が、「宇宙」という膨大な時空で起こる全ての「現象」をたった80字にも満たない文字数で正確に表現したものだから、是非覚えておいてもらいたい。) 

 では、次に本題の「存在のメカニズム」についてだ。ルールに従いという部分に着目して、まずはルールに関する話をしよう。ルールというものはその本質からして二つのものに分類される。仏教の伝統では「戒」=自分を律する内面的なルールと、「律」=自分が所属する集団におけるルールの二つに分けられる。例を挙げると、タバコを吸う人は習慣と呼ばれるルールに従ってそうしている。この習慣は「戒」に属して、自分自身で吸うか吸わないかは決められる。しかし、この「戒」は「律」というルールがあるところではその「律」によって制限を受ける。「路上喫煙禁止区域」では吸ってはいけないし、違反すると反則金を取られる。また小さな子供が周りにいるときに吸うのもマナー違反で、あまり好ましいことではない。法律とは全て国家という全体のルールだ。だから、好むと好まざるとにかかわらず、あなた自身の「戒」がどんなものであれ制限を受けるし、違反すれば罰則規定がある。つまり「戒」=自分自身が従っているルールは「律」=全体(集団)のルールによって制限を受けるということだ。そして、これと同じメカニズムが、何と素粒子にもあるのだ!

 素粒子は次のようなルールを「戒」として、つまり自分自身が従っているルールとして持っている。フェルミオンは、「シュレディンガー方程式」と呼ばれるルールで、量子力学における根本的なルールだ。ボソンは「マックスウェル方程式」で電磁気学の基本ルールある。そして双方ともに量子力学の根本的ルールである「不確定性原理」というルールにも従っている。まぁ、これ以外のルールにも従ってはいるが、書き出すとキリがないのでやめておこう。ここで大切なことは素粒子が従っている「戒」のルールは、それぞれの素粒子の独自の運動のルールであり、それらは「波動方程式」であるということだ。つまり、単独で存在する素粒子は全て波のように振舞っているということだ。
 一方で、「律」はどこにあるのか? 「律」はボソンが担っており、それぞれの素粒子によってルールの名前が異なる。フォトンは「電荷」という性質を持っている粒子のあいだに「クーロンの法則」という「律」をかける。ZとWのボゾンは「弱荷」という性質を持っている粒子のあいだに「弱い力」という「律」をかける。グルーオンは「色荷」という性質を持っている粒子のあいだに「強い力」という「律」をかける。表にはないが「グラビトン(重力子)」は「質量」(正確にはエネルギーを持つ)という性質を持つ粒子のあいだに「万有引力の法則」という「律」をかける。ついでに「ヒッグス」は、「✖✖」という性質を持つ粒子のあいだに「質量を与える」という「律」をかける(のかなぁ。)。
 とまぁ、こうなるわけだ。ヒッグスについては私自身まだ良く知らないので(これから探求するから)、ジョークのつもりで書いたので、そのつもりで。さて、ここで物理学上の「律」に関して、大切なことを理解して欲しい。それは、
 ①それぞれのボソンは特定の性質を持つ粒子にしか「律」をかけない。
 ②しかも「律」は粒子どうしの「あいだ」にかかるので、粒子単独では意味をなさないし、「律」があるとは
   言えない。この状況を物理学者は「力は常に相互作用である」と表現している。つまり、「律」は最低
   でも二者がないと機能しないということだ。
 

 それでは、素粒子にもある「戒」と「律」をわかってもらったところで、いよいよ「存在のメカニズム」を解明しよう。でも、ここで肝心なことはあなた自身も同じメカニズムだから、自分のこととして理解し、考えて欲しい。

 ①宇宙の存在は全て、単独では「戒」に従い「波のように」振舞っている
 
 「波のように」なんて言うけれども、波はあそこにもここにもあるもので、全体が切れ目や境界を持たない、一連の運動のみで構成されている奇妙なものだ。波を表現するのは非常にむつかしいし、極論を言えば、波は私たちの感覚で決して捉えることはできず、言語では到底うまく表現することもできないしろものだ。(波動方程式という数学ではうまく表現されているけれども、その数式自体を実際イメージすることはできはしない。)

 ②波として振舞っているものに「律」がかかると、波は収縮して粒子になる。これが、私たち人間の感覚
   器官が捉える、普通の存在や現象だ。

 
 この状況を、物理学者は「観測」という言葉で表現する。私たちが「観測」という行為を行うと、波であるものが収縮して粒子となり、私たちの感覚器官はそれを「現象」として捉える、と。これは量子力学で良く取りざたされる「量子」にまつわる不可解さの問題―「波の収縮問題」だ。コペンハーゲン解釈と呼ばれる説明では、波は「観測」した途端に収縮すると説明されている。私は「観測」という人間的な言葉を使わず、この状況を「関係性の確保」という言葉を用いて説明する。つまり「二者間に影響があることが確実であるという関係性が確保されたならば、お互いに影響があるのだからというとても単純な理由で、お互いの運動や行為は制限されなくてはならない。波である状態は広くどこにでもある、いわば「自由」の原点のような在り方なのだ。しかし、それでは自分は良くても相手が困る。相手のいる場所の上に波である自分が覆いかぶさるようなことはできない。覆いかぶさったことで何もなければいいけれど、お互いに影響があることは確実なのだから、何にもなしには済まされない。そこで、このような二者の間には、「律」という全体のルールがその運動や行動を制限する。お互いが傷つかないよう、お互いが困らないよう、適切な位置にへと制限を受けるのだ。その制限を受けた状態が、波が収縮して粒子となった状態なのだ。」だから存在が存在する場所は、もはや「律」というルールによって制限を受けた場所である。そして存在が引き起こすすべての現象はルールによって制限を受けた現象である。それゆえ宇宙の全ては「物理法則」によって制限を受けており、物理法則によって制限を受けた「存在」しか存在していないし、物理法則によって制限を受けた「現象」しかいまだかつて起きたことはないのである。二者間のルールである「律」に、お互いが(物理法則の場合は同じルールに平等に)従っているからこそ「律」によって紡がれた関係性の中にあるものは、みんな安定してそして安心して存在していられるのだ。そこにこそ、「自由」を制限する「律」というルールの真の意味や価値があるのだ。宇宙の「戒」や「律」である物理法則というルールに従わないモノはこの宇宙には存在していない。この宇宙にあるすべての存在は、「律」という全体のルールによって「戒」という自分のルールに制限を受けたものだけが存在している。

 まだまだピンとこないだろうね。自分が元々は「波」であって、全体のルールである「律」によって制限を受けているから、今ここにいるなんてとても思えないだろうね。でも、それは真実だ。実験はできないが、あなたも私も、もし単独でこの宇宙に一人だけいて、他に誰もいないし、何もないというのであれば、私もあなたも「波」として振舞っている。ただし、波であるあいだは、自分にもそして自分以外の場所にも何の変化ももたらさない。何の現象も引き起こせないのだ。だから、時間は流れない。何も変化するものがないのだから、時間なんて意味はないから、時間は流れないのだ。私は生粋の科学主義者だと自ら名乗っているのに、こんなことを言うのはおかしい、と思われるかもしれない。でも現実に、何の現象も引き起こさずに時間の流れない世界を漂っているものをあなたが捉えて、あなたに感銘をあたえているのである。それは、はるかかなたの星から来る「光」だ。はるかかなたにある星の光は、あなたの網膜にある桿体細胞の中のロドプシンという物質とのあいだに「律」をかけてルールに従ってあなたのロドプシンを変化させるまで、何百年、何百万年ものあいだ何の現象も引き起こさずに「波」として振る舞い続けていたのだ。そしてようやく、あなたの網膜のロドプシンという「影響を与えることが確実なもの」を見つけた途端、波であることをやめて収縮し、一点に集中し粒子化したエネルギーとしてロドプシンに変化を与えた。星の光の長い旅は終わり、あなたと星とは「関係性を確保」されたのだ。つまりあなたと星とは影響が与えることが確実な間柄なのであり、「同一のルール」でつながれているということだ。あなたに較べて、大きさも寿命も比較できないほど偉大な星だが、あなたと星とは同じルールで構築され同じルールで機能し同じルールを順守している。私は、涙する。星ほど偉大なものと私が同じルールを遵守していることに涙するし、宇宙にある完全な平等に、そして何者をもないがしろにしない素晴らしいメカニズムに涙するのだ。
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