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 V 人間は宇宙をひどく誤解している
 
 4. 「ルール」について熟考する(3)
B「ルール」以外に「制限」を与えるもの
  みなさんも私も、宇宙にある存在の全ては物理法則によって制限を受けている。物理法則は「普遍的」「絶対的」なルールであるので、すべての存在の運動や変化は物理法則によって確実に制限を受けている。人間も全く例外ではないが、自分が物理法則というルールによって制限を受けているなどとは誰も考えたことがない。いつもいつも私たちが地表面にいて、自分の力で大地を蹴ってうんと高く飛び上がろうとしても、あっという間に地表面に逆戻りするのは、重力と言う力によって敷設された「万有引力の法則」というルールに私たちが従っていることで起こる現象だ。また、乗り物に乗ってブレーキを掛けられたら前につんのめるというのも、私たちが「慣性の法則」という性質を持っている証拠だ。このように、私たちはあまたある物理法則によってどっぷりと制限された存在であるのだが、それに加えて生物の法則にも従っている。まぁここで詳しくは話さないが、とにかく、みなさんがただ「存在」しているそれだけのことのために、実に多くの「ルール」によって制限をされているのは事実なのだ。
 
 ここでは、二つの問題について考察していただきたいと思う。

 思考開始:「ルール」だけが宇宙の存在に制限を加える唯一の方法であるのかどうか? 

 別に特別な事など考えなくて良い。世界を見渡せばすぐにわかる。

 上記の問題の考察に入ろう。「「ルール」だけが制限を加える唯一の方法か? についてだが、どう思われるだろう? まず物理学、化学、生物学などの自然科学によって見出された法則の多くは、私たちを確実に制限している。それらが「法則」と呼ばれるのは「例外」やルールのお目こぼしなどの「特権」がないから、そう呼ばれるのだから、「人間は霊的な生き物」などと嘘ぶっても、所詮死すべき運命にある「ただの生き物」だし、それは死すべき運命にない「たかが物質」で出来ている。だから、あの世のことはわからないが、この世では「特権」など持たない「たかが物質でできた生き物」だ。それゆえ人間は物理法則や化学、生物学などの自然科学の法則には全て従っている。そして人間世界にあるさまざまな「ルール」もみなさんに制限を加えている(はずだ)。まぁ、これらのルールは強制的に順守させられるものではないから、ヤクザやマフィアのように「ルール無用の悪党」もいる。でも、普通の人はみんな社会のルールに従っているから、ルールが制限を加えるものであることは間違いない。
 では「ルール」以外に制限を加えるものはあるかについて考えよう。とはいえ、もう答えのいくつかは、述べてしまった。一つは「遮蔽」だが、物理的な「壁」によって運動や変化を制限することができる。元々秩序(規則正しさ)の余りないものを制限するのにこの方法は有効だ。物質について考えると、長距離秩序のあるものである固体を遮蔽で制限するというのは余り意味がない。塀の中に、机を置いても意味がないことはお分かりになるであろう。だから遮蔽は、短距離秩序のあるもの=液体や、秩序のないもの=気体の運動や変化を制限するのに良く用いられる。これらのものは「容器」と呼ばれる物理的な壁でできた入れ物に入れないと「まとまり」を作れない。あと、犯罪者や訓練のむつかしい動物なんかもこの遮蔽でその運動を制限している。獄舎や檻(おり)のことだ。
 そして生物には「淘汰」という制限の方法がある。生物進化の理論である「進化論」はダーウィンやラマルク以来、諸説紛紛で未だに皆が納得するような学説がないが、一応「突然変異と自然淘汰」ということにはなっている。「自然淘汰」という考え方は、人間が家畜や植物を「人為淘汰」して改良を加えたことに始まっており、「人がするぐらいなら自然もするだろう」ということで、「自然淘汰」という説が生まれたらしい。生物の体の中では、「遮蔽」も「淘汰」もたくさん使われている。生物のカラダは基本的に「液体」だから「遮蔽」を使わないと「まとまり」ができず、いろんなものがみんな混ざり合ってしまう。血液は血管によって遮蔽されてその運動が制限されているし、細胞質は細胞膜や細胞壁によって制限され、私たちのからだ全体は上皮組織で覆われている。生物のカラダは水の入った袋みたいなものだから、「遮蔽」なしでは構築できないというわけだ。多くの生物の体内の命令(ルールの言い渡し)系統は、電気系と化学系に分かれるが、化学系による命令の受け渡しには「遮蔽」がたくさん使われている。「鍵と鍵穴」方式と言われるものだ。ホルモンなどの物質によって伝達される命令の授受には特定のホルモンの命令だけを受け取る受容体(レセプター)と呼ばれるものが用いられている。レセプターは、分子の形という極微の構造による「遮蔽」を使って特定の物質だけを分子の内部に通して作用させるという働きを持っている。あと、前にも書いたが免疫には「淘汰」が使われている。簡単に言えば、免疫とは「自己」と「他者」を区別し、「自己」に危害を加える「他者」を淘汰することだといえる。
 「遮蔽」も「淘汰」も両者ともに、「制限」を加えるものであることに間違いはない。
 他にもあるかな? みなさんも私も財布の中身によって行為の制限を受けているかもしれない。 恋人や配偶者から制限を受けているかもしれない。 上司から制限を受けているかもしれない。 長生きしたいしいつまでも若くありたいが、死や老衰という現象が制限を加えているかもしれない。 病気や障害が制限を加えているかもしれない。 タバコやアルコールなどの依存が制限を加えているかもしれない。
 私たち人間は「いたるところで鉄鎖に繋がれている。」存在だから、私たちはいつでもどこでも生まれてから死ぬまで制限されていることは確実だ。しかしまぁ、どんなものに制限を加えられていようが、実はその根本は「ルール」によって加えられた制限なのだ。そして、私たちだけではなく宇宙にある全ての存在を根本的に制限するのはおそらく「ルール」だろうと思う。


C「ルール」が「制限」することで創出する「秩序」のまとめ

 
「ルール」によるものであれ、「遮蔽」や「淘汰」によるものであれ、「制限」することの意味は「秩序」の創出にある。前項で述べたように、秩序ある状態を作り出すこと、それが「制限」をする根本的な意味であり価値だ。「秩序」とは「存在」とそれが織り成す「現象」に「一貫性」「規則性」「循環性」「周期性」があることだ。「制限」されたのだから、それは決して「でたらめ」ではない。それはそういう状態から制限を受けたのだから、決して「でたらめ」ではないのである。デタラメではないのだから、そこには何かしら「規則性」が見いだせる。そしてその「規則性」こそ「ルール」「遮蔽」「淘汰」などの方法で「制限」することによって創出された「秩序」なのだ。そして、それが何でも「秩序ある状態」であるなら、それは「安定」「安全」「安心」である状態だということだ。
 英語では機能不全になること、つまり故障することを「out of order」(秩序から外れた)と言う。「order」は他に「命令」とか「注文」とかの意味を持つが、とにかく「ルール」に従ったあるべき姿から外れてしまうことをこの言葉は意味している。「ルール」に従い「ルール」によって導かれたあるべき状態を維持しているのであれば、「秩序」は保たれ、それは機能し続ける。だが、「ルール」の逸脱によって「ルール」が導く状態と異なる状態へと移行すれば、それは機能を失ってしまうというわけだ。
 この宇宙は「コスモス(秩序)」と名付けられたフィールドである。この宇宙にあるすべての存在とすべての現象が「秩序ある状態」であればあるほど、この宇宙にふさわしい。そしてそのような状態を作るために用いられた「ルール」が「法則」と呼べるほどに「普遍的」「絶対的」であればあるほど、「美しい秩序」が創出できるし、そういう秩序のある状態は「素晴らしい世界」だというわけだ。

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